出版物における写真の提供のお願い-菊池成孔と「メガネ男子」事件

 なんか、まれに見る出版物での写真の扱いに関する討論の場となっているようなエスロピIIの『■[菊地だ!(笑)] 20050923/p1』っていうエントリ。まあ、気にしてない人はまったく知らないと思われる。菊地成孔さんの話ですよ。本人が出てきてあれこれ。
 日記がなくなっても、いろいろやっていただいて楽しませてもらってますね。っていう話じゃないのか。
 出版物の編集部では手元にない写真は、外部から取り寄せる。それなりにちゃんとした企画書みたいのを出して、相手におうかがいを立てるわけです。
 で、出来上がったものと、貸し出しのお願いのときと、内容が違ったりすると、クレームがついたりする可能性はあるわけです。そのため、企画書ではそれなりに気をつかったりするわけです。相手から文句がないように、いろいろ。で、場合によっては、ゲラ(出版物になる前の確認用に刷ったもの)を、貸し出してくれた相手にFAXしたりするわけです。そこで、さらにクレームが出ないようにチェックの段階を設けたりするわけです。まあ、批評記事だとめんどくさくて(批評がしにくくなるため)、こういう手順は踏まなかったりしますが。
メガネ男子 相手を非難(批評の一端として)するための記事を作ることも確かにあります(結果として、ですが。まれに最初からそれを意図することもあるかもしれませんが)。そのときは、相手に出す企画書に、そういう可能性もある、なんてことを書くわけですが。『メガネ男子』はそれを怠ったってことなんでしょうか?
 それよりも。問題は菊地さんのマネージメント側で、写真提供する際に選択した写真がまずかった、っていうことはないのでしょうか? カメラマンに対する「申し訳なさ」みたいのが出てるような気がするんですが。
 なんらかの宣伝になるはず、っていうもくろみが外れて、憤慨してる、なんてふうにも取れるのですが。
 いや、たぶん、そういうことではないんだろうなあ。
 批評者の名前で載った批評記事ならOKだけど、責任の所在をあいまいにするような対談、という形式の記事にその写真が載った、ってことが問題なのではないかと。で、そういう体裁だということを「写真を提供してもらう相手」に告げなかった編集者がOUT、ということなんだろうな。
 まあ、どういうオファーを出したのかははっきりわからないのだけれども。ここで書いたことは、想像に過ぎませんが、出版の現場でどういう手順が踏まれているか(踏まれるべきか)、をおいらの友達は理解できないんじゃないかと思い、ちょっと書いてみました。まあ、これ以外にもいろいろあるわけですが。どうなんでしょうね?
 まあ、「事件」というほどのことでもないか。
 でも、「インターネット発」ってことが、どうこうっていう話じゃないんだと思うけどなあ。

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